青森地方裁判所 昭和24年(行)35号 判決
原告 留目馨児
被告 青森県農業委員会
一、主 文
青森県農地委員会が昭和二十四年五月三十日、原告の同年二月六日附訴願についてした(昭和二十三年十月二日向村農地委員会が自作農創設特別措置法第六条の二第三条第一項第一号に基くものだとして原告所有の青森県三戸郡向村大字大向字下比良一〇三番地の三畑三反五畝一七歩を目的としてした買収計画決定を是認する)裁決を取消す。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は各自弁とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は(イ)青森県三戸郡向村農地委員会が昭和二十三年十月二日自作農創設特別措置法第六条の二第三条第一項第一号に基き原告所有同県同郡同村大字大向字下比良一〇三番地の三畑三反五畝一七歩についてした買収計画決定が存在しないことを確定する。(ロ)若し右買収計画決定が存在するときはその無効であることを確定する。(ハ)若し右買収計画決定が無効でないときは青森県農地委員会が昭和二十四年五月三十日右買収計画決定に対する原告の同年二月六日附訴願に対してした右買収計画決定を是認し、右訴願を棄却する旨の裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める旨申立て、その請求の原因として、原告が青森県三戸郡向村で出生、成長し、同村に父祖伝来の宅地七筆計八九四坪七合、家屋九棟計一六三坪五合、畑三筆、計二反五畝二七歩(向村大字大向字下比良一〇三番地の三本件畑三反五畝一七歩を除く)山林二〇筆、計二町一反一畝二〇歩、原野四筆、計五反四畝三歩を所有し、壮年時代これらの財産の管理を従弟訴外留目儀兵衛に委託して渡道し、二〇数年間帝室林野局札幌支局等に勤務し時々墓参供養、財産処弁等のために帰省していたが儀兵衛は右管理権の範囲で昭和十一年四月訴外留目松次郎に既に五、六年生林檎樹が三十本生立する本件畑を目的耕作、賃料取引上相当額、毎年末払い、期間「原告が北海道から引揚げ帰郷するまで」と定めて貸与引渡し、松次郎は昭和十二年中原告自ら購買調達した二年生林檎苗木五十本をこれに植付け耕作に従事して来た。しかし同人は免角賃料の支払を怠り勝ちであつた。ところで原告は既に昭和十二年頃から帰農の意が動きつつあり漸次高じ、竟に昭和十七年初頃家郷に帰農して家族六人の糊口を凌ごうと意を決し、職を罷めて先づ同年四月単身帰郷し、即刻松次郎に約定賃貸期間が満了したことを告げて本件畑の返還引渡を請求し、他方既に留守番訴外留目徳次郎から明渡を受けてあつた本件畑の所在地村たる肩書住所々在現在住家宅を修理模様替してこれに居住し、爾来同年十二月中頃までは此処を住所と定め、この間執拗に松次郎に請求を継続繰返したけれども同人は頑としてこれに応じなかつた。そこで原告は已むなく同人に反省の期間を与え、他方北海道における残務処理や家族帯同等のため同年十二月無念の涙を飲んで再び渡道、その後一切の整理を了し、昭和二十二年五月二日家族五名を引具し家郷に帰り、爾来前記修理家屋に安居定住して営農に従事している。従つて原告は昭和十九年四月以降本件畑所在村に常住の意思を以て現実に定住していたものといわなければならない。
然るに、被告は昭和二十年十一月二十三日当時原告の住所が本件所在村に存在しなかつたから、向村農地委員会が本件畑の賃借人松次郎の昭和二十三年六月十五日附買収計画樹立請求に基き、昭和二十三年十月二日本件畑を目的として自作農創設特別措置法第六条の二第三条第一項第一号により買収計画を樹立したと主張している。併し乍ら、
(イ) 右計画決定は出席同村農地委員会委員九名中二名だけの賛成により為されたものに過ぎないから法律上存在するわけはない。
(ロ) 仮りに存在するとしても向村農地委員会は既に昭和二十三年九月二日これと同一内容の買収計画を樹立してあつたから、その後為された本件買収計画決定には要素の錯誤があり、又本件買収計画決定は前述のようにいわゆる在村地主を不在地主として為されたものであるから法律上当然無効である。
(ハ) 仮りに右瑕疵は無効原因に該らないとしても少くとも右計画決定の取消事由に該当する。
(ニ) 仮りに原告の住所が昭和二十年十一月二十三日当時本件畑所在村に無かつたものとしても、前述のような事情の存する以上松次郎の本件買収計画樹立の請求は前記貸借契約の消滅以後為されたものであり、且つ信義に反することが甚しいから本件買収計画決定は同法第六条の二第二項第一、二号に牴触し到底取消を免れない。
そこで原告は昭和二十三年十一月二十八日右事情を具陳して向村農地委員会に異議の申立をしたけれども、その頃申立棄却の決定を受けた。よつて昭和二十四年二月六日青森県農地委員会に右決定を不服として訴願を提起したところ、同年五月三十日棄却の裁決を受けた。しかし同裁決は違法不当であり到底取消を免れない。そして機構の改革により被告は昭和二十六年八月二十二日青森県農地委員会の地位を承継し、従つて、又右裁決上の責務をも受継した。よつてここに請求の趣旨記載のような判決を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の本案前の抗弁に対し「本件裁決書が昭和二十四年六月三日原告に送達されたことは、これを認めるけれども原告においてその翌四日から一箇月を経過した後右裁決のあつたことを知つた。そして本件取消請求訴訟は右裁決書送達日の翌日から二箇月以内に提起されたものであるから被告の抗弁は該らない。」と述べ、又本案の抗弁事実を全部否認し賃貸借期間永代の抗弁に対し「仮りに管理人訴外留目儀兵衛が留目松次郎と本件賃貸借の期間を永久と定めたものとしても、同人は処分の権限を有たなかつたから五年を超ゆる部分(従つて遅くとも昭和十七年以降の部分)は法律上当然無効である」と附演した。(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求中行政処分の不存在及び無効各確定を求める部分に対し、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告は本件係争畑所在村にその主張のような不動産を所有することその主張のような異議の申立、同棄却の決定、訴願の提起、同裁決が為されたこと向村農地委員会が昭和二十三年九月二日、本件買収計画決定と同一内容の第一次買収計画を樹立したこと、機構の改正により農地委員会の地位の承継があつたことは何れもこれを認めるけれども爾余の事実を否認する。
(イ) 原告が本訴を以て不存在確定を求める買収計画は昭和二十三年十月二日真実樹立されたものであるから原告の主張は理由がない。
(ロ) 前記第一次買収計画決定はその公告手続に瑕疵があつたから、向村農地委員会は本件買収計画の樹立に当り、先づ第一次買収計画決定を取消し即時再び本件買収計画を樹立したわけである。
又訴外留目松次郎は昭和十一年四月原告から当時荒廃不毛の本件畑を目的耕作賃料取引上相当額毎年々末払い、「期間永久」と定めて借受け引渡を受け、爾来賃料を遅滞なく支払うと共に右畑の開墾に没頭これに数多の幼齢林檎樹を植栽育成し、現在目の当り見るような立派な果樹園に仕立てた次第である。そして原告は多年家族と共に北海道で渡世し、昭和十九年四月単身本件畑の所在村に帰省したけれども幾何もなくして同年十二月帰道、空知郡富良野町で農耕地を賃借営農に従事継続し、昭和二十二年五月再び帰郷したわけで昭和二十年十一月二十三日当時本件畑の所在村に全然居住せず、従つてその住所を有つていなかつたから自作農創設特別措置法第六条の二、第三条第一項第一号により昭和二十三年六月十五日附松次郎の買収計画樹立請求に基き、本件買収計画決定が為されたわけで該決定には毫も無効原因が存しない。従つてこれをそのまま是認維持し原告の言分を排斥した本件異議申立棄却決定及び訴願裁決は何れも洵に適法妥当である。
よつて原告の請求は失当であると述べ、
(ハ) 本訴請求中行政処分の取消を求める部分に対し、
(1) 先づ本案前の抗弁として、訴却下の判決を求め、その理由として「原告は昭和二十四年六月三日本件訴願裁決書の送達を受けたから同日右裁決のあつたことを知つたものというべく従つてその翌四日から一箇月目たる同年七月三日までに右裁決の取消の訴を提起しなければならなかつたに拘らず、本件取消の訴はこの期間経過後たる同年八月三日提起されたものであるから同法第四十七条の二に牴触し、当然却下の運命を免れないと陳述し、
(2) 本案につき、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として陳述した事実の要領は(ロ)に記載したとおりであるから、ここにこれを引用する。(立証省略)
三、理 由
一、本件買収計画樹立の存否
原告は昭和二十三年十月二日開かれた向村農地委員会の会議で自作農創設特別措置法第六条の二第三条第一項第一号により原告主張の畑を買収するという計画の樹立に賛成した農地委員は出席委員九名中僅かその二名に過ぎなかつたから、本件買収計画決定は成立せず従つて現存しない旨主張するけれども原告の挙示援用に係る全証拠を以てしても右事実を認めるに足らず、却つて成立に争がない甲第三号証によれば右会議において出席農地委員九名全員が前記買収計画の樹立に賛同した事実を認めることができるから原告の主張は理由がないものとして排斥を免れない。
二、(イ) 買収計画決定の効力の有無
又向村農地委員会が既に昭和二十三年九月二日、本件買収計画決定と同一内容を有する第一次買収計画を樹立してあつたことは被告の認めるところであるけれども成立に争がない甲第三号証によれば右第一次買収計画決定はその公告手続に瑕疵があつたため、その後向村農地委員会において本件買収計画を樹立するに際り、先づ第一次買収計画決定を取消し即時再び本件買収計画を樹立したことを窺知することができ原告の全立証を以てしても右認定を左右することができないから、本件買収計画決定及び第一次買収計画決定が両々相併存するものということができない。従つてこの点に関し本件買収計画決定に要素の錯誤が存しないものといわざるを得ない。
(ロ) 又一般に農地委員会が在村地主の農地を故意過失その他何等かの事由により不在地主の農地としてこれを目的として買収計画を樹立した場合においても該欠陥は法律上いわゆる遠由の錯誤に止まり未だ以て要素の錯誤を以て論ずるを許さず、従つてかような瑕疵は高々行政処分の取消原因を形成するに過ぎないものと解せざるを得ない。従つてこの点に関する原告の主張も亦当らない。
三、(1) 取消請求訴訟中本案前の抗弁
よつて先づ提訴期間不遵守の抗弁について一考するに、原告が本訴を以て取消を求める青森県農地委員会の裁決の文書が原告に送達された日は昭和二十四年六月三日であることは原告の認めるところであるけれども、右送達の日原告が右裁決のあつたことを知つたことは被告の全立証を以てしてもこれを窺うに足らず、又これを認めなければならない通念乃至実験則が存せず、却つて原告本人尋問の結果によれば原告がこれを知つた日は右送達の日の翌日から起算して一箇月を経過した後の日であることが明かであり、そして原告が本件取消請求の訴を提起した日が昭和二十四年八月三日であることは当裁判所に顕著な事実であるから、原告は右裁決のあつたことを知つた日から一箇月以内且つ本裁決書送達の日の翌日から二箇月以内に右訴を提起したものというべく、さすれば毫も原告が提訴期間を懈怠した責に任じなければならないいわれはなく、被告の抗弁は採用に値しない。
(2) 取消原因の有無
原告主張事実中いわゆる二重の買収計画樹立云々の点は本件買収計画決定の取消原因にも該らないという当裁判所の見解は、既にその無効原因に該らない旨説示した前段の判断と同一であるから更にここに贅言を費さない。
よつて進んで原告が法定の標準時当時いわゆる不在地主であつたかどうかについて按ずるに、原告が青森県三戸郡向村で出生成長し、同村に父祖伝来の宅地七筆計八九四坪七合、家屋九棟計一六三坪五合、畑三筆計二反五畝二七歩(同村大字大向字下比良一〇三番地の三本件畑三反五畝一七歩を除く)山林二十筆計二町一反一畝二〇歩、原野四筆計五反四畝三歩を所有していることは当事者間に争がなく、成立に争がない甲第一、二、三号証、証人留目儀兵衛、谷内源太郎、留目銀太郎、坂本としの各供述、原告本人尋問の結果並びに右各供述及び結果を綜合するにより真正に成立したと認める同第四号証の一、二、三第五、六、七号証を綜合すれば、原告は壮年時代、これらの財産の管理を従弟訴外留目儀兵衛に委託して渡道し、二十数年間帝室林野局札幌支局その他民間会社に勤務し、時々墓参、祭祀供養、財産処弁等のため帰省していたが、儀兵衛はその管理権限の範囲内において昭和十一年四月訴外留目松次郎に当時相当荒廃し五、六年生林檎樹が二十数本生立していた本件畑を、目的耕作賃料取引上相当額毎年々末払い期間「原告が北海道から引揚げ帰郷するまで」と定めて貸与引渡し、松次郎は昭和十二年中原告自ら買得調達した二年生林檎苗木五十本を植栽して耕作に従事して来賃料も免も角支払つていたこと、原告は予て帰農の意思相当鞏固なものがあり、その後愈々これを実現して家族六名の食糧を確保しようと決意し職を罷めて、先づ昭和十九年四月単身帰郷しその頃松次郎にその旨報知し、よつて以て本件賃貸借は一応期間の満了により消滅したこと、他方留守番訴外留目徳次郎からこれより先明渡を受けてあつた肩書住所地に存する現住家宅を修補改装してこれに居住し、ここを住所と定めると共にその頃から同年十二月中旬までの間松次郎に執拗に継続繰返し本件畑の返還引渡を要求懇請したけれども、同人は頑としてこれに応じなかつたこと、ここに於て原告は己むなく同人に反省の期間を与え、且つ又在道家族帯同等のため、同年十二月中旬再び渡道その後家事の整理を了し昭和二十二年五月二日家族五名を引具し家郷に帰り、爾来前記家屋に定住安居して営農に従事していることを各認めるに足る。
原告は右再度の在道期間もその住所が本件係争畑所在村にあつた旨主張し、その前後の事情が前認定のとおりである以上、単に原告が右期間郷里にいなかつたという事実だけでは右期間原告の住所が家郷になかつたものと観ることは穏当でないことは勿論であるけれども何分右期間は二年四、五箇月という相当長期間に亘つているから、この期間も原告の住所が本件係争村にあつたものと做すは社会通念乃至実験則上相当無理であり、その他原告の提出援用に係る全証拠を以てしても原告主張事実を肯認するに足りない。又被告は本件賃借期間は永代である旨主張し成立に争がない乙第一号証の二、三によれば、原告は松次郎から本件畑使用の対価として前記賃貸借解約後たる昭和二十三年一月二日金一〇〇〇円、昭和二十四年一月四日金一五〇〇円を各受領したことを認めるに難くはないけれども、これらの金員は原告においていわゆる解約以後の不法占拠に対する損害受償として松次郎から受取つたもので、本件賃貸借期間が永代であるため或は本件契約の解約後期間が更に更新延長されたために受領したものでないこと、前記甲第五、六、七号証原告本人尋問の結果を綜合してこれを会得するに余りがあり、その他被告の全立証を以てしても右期間が永代であることを窺知するに足りない。
そして以上のように松次郎から本件畑の返還を受け一家営農に従事するため、先づ単身昭和十九年四月帰郷し、その旨同人に申報しよつて以て約定賃貸借期間が満了したため其処に住所を設定して生活すると共に約八箇月の長日月に彌り被告に繰返し執拗に右畑の返還を請求したに拘らず、同人は頑としてこれに応ぜず、ために原告は施すべき策が尽き松次郎に篤と反省飜意の機会を与えるため旁々残務の結了家族帯同のため余儀なく再び渡道その後昭和二十二年五月二日家族を引具し北海道を引揚げ本件畑所在地村たる家郷に帰来今日まで、ここを住所と定めて安住営農に従事している場合においては、その後昭和二十三年六月十五日頃松次郎がした本件買収計画樹立の請求は請求権のない者がした請求といわなければならないばかりでなく、仮りにまた右賃借権が消滅せず、従つて賃借人として右請求をしたものとしてもかような請求は信義に反すること実に甚大なものといわざるを得ない。果して然らば右請求に基き為された本件買収計画は自作農創設特別措置法第六条の二第二項第一号又は少くとも第二号に牴触し、到底違法不当として取消を免れない。
そして原告主張のような異議申立及び同棄却の決定、訴願の提起同訴願を棄却し本件買収計画決定及び異議申立棄却決定を是認する裁決のあつたことは当事者間に争がないところであるから、右異議申立棄却決定及び訴願裁決も亦当然違法不当で到底取消される運命を免れない。
そして機構の改正により被告が原告主張のように青森県農地委員会の地位を承継したことは当事者間に争がないところであるから、これと共にその権義従つて又本件訴願裁決についての責務をも受継したものといわなければならない。
よつて原告の本訴請求は以上の限度においてその理由があり、その他の部分は理由がないものと認め訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第九十二条第九十五条に各則り主文のとおり判決する。
(裁判官 中川毅 小友末知 野原文吉)